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ペギー葉山のブログです。

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小樽・・祖父に思いをはせて・・・
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    小樽祖父の碑の前で・・6月1日、雲ひとつない青い空の下、最後の八重桜が咲き誇る小樽の町に30年ぶりに訪れました。20周年を迎えた、小樽ゾンタクラブにお招きを頂き久しぶりにみなさまのために2時間余りのチャリティ コンサートを開きました。

     余り知られていないことですが、私の母方の祖父は会津藩の白虎隊の一員、「ならぬ事はならぬ」の日新童子訓の中に育ちました。現在、日曜日の夜に放送されている大河ドラマ「八重の桜」のあの世界で成長したのです。 あの戊辰戦争の最後の戦いに出陣の際、祖父はまだ14歳。16歳以上は白虎隊に入隊できたことで、祖父は涙を流しながら、鶴ヶ城の落城を見守ったそうです。私の幼い頃、母が良く話してくれました。ご存知のように戦いに敗北した会津藩は見るも無残、聞くも無残な日々、敵とみなされ、みな散りじり会津を後にしなければならない過酷な日々が待っていました・

     祖父は一大決心、北海道は小樽に住を求めて、会津と同じ寒さの北国を選んだででした。
      そのご、祖父は明治31年から大正2年まで小樽市内の「量徳小学校」の校長を務めました。
    大変進歩的な教育論をもっていて、ルーマニアのリトミックダンスを体育に取り入れたり、また障害者に対しての教育にも深い思いを持った名校長と称されたそうです。残念ながら3年前に少子高齢化の今日、小学校は廃校になりましたが、今尚、祖父が考案し残した演舞「白虎隊」は祖父の命日に石碑の前で、皆さまが継いでくださっているとか。今回の小樽でのコンサートにお招きくださった方々の間にも良く祖父の威徳を覚えて下さっておられた方がおいでになった事はうれしいことでした。また祖父の威徳を偲び市内にある天上寺さんの裏山に祖父の碑が建立されており、今回何年ぶりか、拝ませていただきました。祖父の末娘であった母も幼い頃から歌の好きな人でした、其の血を継いで、いわば私は歌の道を選んだのでしょう。私が可愛い子供の合唱団と「ドレミの歌」を歌う姿を見ながら、いつも母は言っていました・・あなたの歌に対するチャレンジ精神はおじいさまに似たのね。。と・
     忘れられない歌手生活60周年の思い出の一つになり、おじいさま孝行を小樽で出来ました!!
    | ペギー葉山 | 日々のこと | 16:03 | comments(13) | trackbacks(0) | - | - |
    コメント
    素晴らしいお話を聞かせていただいて、ありがとうございました。
    そのお祖父さまの名前は 「住吉貞之進」さんとおっしゃるんですよね?
    ネットの「北海道に足跡を残した福島の人物」というサイトに、名前と功績が載っているのを見たことがあります。
    ただ、ネット上に書かれていた「戊辰戦争において、唯一生き残った白虎隊員」とあったのは、違っていたようですね。
    いずれにしろ、ペギーさんのお祖父さまが、ものすごく偉大な方であったことが、分かりましたよ。
    | nakamura yuka | 2013/06/06 6:24 PM |
     祖父のことを知っていただけて嬉しいです、亡き母が語ってくれた祖父は会津藩の「ならぬ事はならぬ」のそれは厳しい父だったそうです。現在の私の心の中にもそのスピリッツは残っており、この精神を、今の若者に「喝!!として教えたい事は山ほどあります。今の時代を祖父が存命だったらなんと言うかしら?時折思います。
     ご指摘のとおり戊辰戦争の折は祖父は14歳で若輩、戦いには参加できず涙をのんだようです。いまの大河ドラマ「八重の桜」を見ながらいつも祖父の成長した頃の時代に思いを寄せております。
     ありがとうございました。    ペギー葉山
    | ペギー葉山 | 2013/06/08 11:58 AM |
    真っ先に出陣して活躍されたかった祖父様の無念な気持ちがひしひしと伝わって参ります。会津藩を死守する一途な若者たちの勇姿に涙して八重の桜をTVで観ています。弱音を吐かず歌を愛しチャレンジなさっていられるペギーさんにも祖父様の血が脈々と流れていらっしゃいますね。

    さて、私はペギー・リーのジャニーギターの曲が大好きです。
    ペギーさんのお名前の由来を教えていただけませんか。

    | 瑛子 | 2013/06/10 11:47 AM |
    学生時代混戦してかかって来たアメリカ人と知り合って、英語会話の勉強がてら、彼と英語で電話で話す毎日を送りました。当時、アメリカの名前がはやった時代なので、私に英語の名前をつけてほしいいと申しましましたら、あなたの声のサウンドはPEGGYだといってくれました。やがて米軍のキャンプで歌う折そこの名前が役立ちました。其のうちにPEGGYの後にもう一つ苗字が欲しいと思っていたところ友人が天皇様のお別荘の「葉山」がいいと申しましてペギー葉山が誕生。今日に至っています。名前の占いの先生は大変いい画数の名前との事です。今は亡きPEGGY LEEとも親しくしていただきました・
    | ペギー葉山 | 2013/06/10 8:21 PM |
    芸名由来のペギーは何せ年季の入ったファンですので、よく知っていましたが、葉山の方は初めて知りました。ファンになって、ちょうど50年!中2の頃だったから...。新聞のテレビ欄で名前を見たら夢中になって見て(聴いて)たっけ...。社会人になって京都で下宿してた時(そんな時代でした)テレビも無くて、新聞でペギーの名を見て、どうしても見たくてたまらず、大家のおじいさんに頼んで見せて貰った時、おじいさんも一緒に見て、「なかなか大した歌手だなー」というような事を言ったのを思い出します。サンケイホールブリーゼのリサイタル、今か今かと毎日チェックしてたんですが、今日やっとネットで告知されたので購入しようとしてビックリ!何と4月27日から発売されてたんですね。危ない所でした。何と残席15枚!危うくゲット出来ました。9月25日を楽しみにしています。出せなかったファンレターを書いて、握手会(勝手にあると決め付けて)で渡そうかな、なんて夢見てます。
    | nideo | 2013/06/15 10:12 PM |
     大阪は沢山のコンサートの場を下さった、私の大切な場所です。とくに新音はおおくのミュージカルやコンサートの思い出で一杯です。
     60周年のファイナルに相応しいステージで歌うのを楽しみにしております・
     長い年月私の歌を愛して下さってありがとうございます。
     楽しいコンサートにしたいと思っております。心からお待ちしております。             PEGGY
      
    | ペギー葉山 | 2013/06/16 6:20 PM |

    お祖父様は大変なご苦労を乗り越えて立派な功績を挙げられたのですね。
    会津藩の什の掟「ならぬことはならぬものなのです」は乱暴な掟のように聞こえますが、理屈を超えた人間として守るべきことが有ると思います。私は好きな言葉です。
    今夜のNHKの「南国土佐を後にして」、相変わらず素敵でした。
    | 周坊 | 2013/06/18 9:03 PM |
    先ほどの歌謡コンサート拝見しました。
    昨年秋に、歌碑が完成したという「南国土佐を後にして」の熱唱、本当に素晴らしかったです。
    来週には「木曜8時のコンサート」にも出演されるそうですが、お忙しい毎日、お身体ご自愛くださいませ。
    P.S 歌謡コンサート内のコーナー「チャレンジこの一曲」では、若手の歌手の皆さんが、主に昭和20年代〜30年代の楽曲を歌うことが多いですがペギーさんとしては、こうした傾向を、どのように感じておられるのでしょうか?
    私は、介護職員という職業柄、時折、余興で昭和歌謡を披露することがあるのですが、大変素晴らしい楽曲が多いせいか、歌いこなすのが難しいなぁ〜と思うことがよくあります。
    それだけに、このコーナーに登場する若手歌手の方も、おそらく同じ思いでいるんだろうなぁ〜と感じている私なのですが如何でしょうか?
    | nakamura yuka | 2013/06/18 9:35 PM |
    最近[昭和は素晴しかった」と言うテーマで厚い月刊誌など、また時折TVでも昭和の事に触れる番組が出来たのは嬉しい限りです。最近の忌まわしい事件を目にするたびに、息子と夕食時に良く私が口にする言葉は「ママが育った昭和はあんな事は無かったわ」です。7月に収録予定の昭和・・の中に[江利チエミ」さんが予定されており、私も同じキングレコードで半年違いでデビューでしたので、彼女の思い出を語ります。おっしゃるとおり昭和のヒットソングを歌った先輩は皆さん歌の基礎がキチンとしていらしてお腹の底から声を出していらした・・今の若い歌手たちはちょっとその点エネルギーが不足、歌いこみ方が不足のように感じますが勿論、先輩たちも驚くような歌を聞かせてくださる方もいらっしゃいます。とくに先輩のヒットソングを歌うのは大変でしょうね。美しい昭和の歌をもっとTV番組に入れて欲しいと思いますが如何でしょう?
    | ペギー葉山 | 2013/06/25 6:09 PM |
    いいですね。叙情歌謡と言われる楽曲が、テレビの歌番組でも、もっと放送されるべきですよね。ちなみに、私がこれまで聞いてきた中で、メロディーや歌詞がステキだな〜と感じた楽曲(主に昭和20年代)は、二葉あき子さんの「水色のワルツ」、岡本敦郎さんの「白い花の咲く頃」、伊藤久男さんの「あざみの歌」、安藤まり子さんの「マリモの歌」です。
    昭和30年代の楽曲では、三浦洸一さんの「踊り子」や、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」、森繁久彌さんや加藤登紀子さんが歌って大ヒットした「知床旅情」が、いい曲だな〜と感じました。
    今は、時代の流れが影響しているのか、聞いているだけで情景が浮かぶような楽曲が、なかなか思い当たらないのですが、ペギーさんは如何でしょうか?
    | nakamura yuka | 2013/06/28 11:36 AM |
    おっしゃるとおりですね。時代が変わった。世代交代・・いろいろと言われていますが、いい歌は時代が移ろうが、変わろうが、いい歌はいい歌だと思います。今の日本の国は、[群れる国」
    アレがブームになるとそればかり・・
     世界遺産になった富士山がその真っ只中ですね。もう登山に参加しないと日本人じゃないみたい・・
     私は富士山は遠くから眺めて、(我が家から見えるので)感動したい一人ですから・・
     もう少し国民として一人ひとりが個性を持つべきだと思います。でも三保の松原が世界遺産に含まれて安心しました。広重や能の「羽衣」も嘆きますものね・
     富士山の歌・・・誰も歌わないですね。世界遺産になったのだからそれこそ一日中TVやラジオで歌うべきですよね!!
    | ペギー葉山 | 2013/07/02 8:24 PM |
    歌手も「群れる歌い手」といいますか、大勢で踊りながら歌うのが多いです。その集団の名前も何のことやらわけの分からないのばっかりで、ほんとに昭和が懐かしい。

    富士山が世界遺産になったことにケチをつける気はありませんが、日本人の富士山信仰は世界遺産の権威よりずっと格が上だと思います。つまり世界遺産になったことで富士山の格はむしろ下がったように思います。神秘性がなくなったというか・・・・。
    | 周坊 | 2013/08/02 9:06 PM |
    元英語教員をしていた福島県在住の退職男性です。
    ペギーさんは、話される日本語や立ち振る舞いにアメリカの雰囲気が感じられ、昔からペギーさんのようにきれいなアクセントで英語が話せる教師になろうと思っていました。

    今日4月13日(月)の「徹子の部屋」を観ていたら、ペギー葉山さんのお祖父様が会津白虎隊の一員だったと知り大変驚きました。北海道で、会津武士の誇りを貫いて生きられた方だったとのこと。福島県人としてとても嬉しく思います。
    ペギーさんは以前に、やはりテレビで福島県の大野村に疎開しておられた小学校時代のことを話されたことがありましたね。その時も番組も観ていました。今日の「徹子の部屋」ではその当時の写真が紹介されました。輝かしい遠い世界の住人だと思っていたスターにもこんなに厳しい時代があったのだと知り、ペギーさんの存在が一気に身近に感じられました。

    ペギー葉山さんや江利チエミさん、雪村いずみさんたちがアメリカのジャズを日本語も交えながら歌っていた時代が懐かしく思い返されます。これからも、健康にはくれぐれも留意され、その伸びのある素晴らしい声でいつまでもいい歌を聴かせてください。
    | motohiro sampei | 2015/04/13 1:16 PM |
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